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2011年のつぶやき

2011年のつぶやき

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顔晴れ(ガンバレ)のこころ

2011-10-17
先日の16日、近隣のライバル(失礼かな)群馬大学工学部の大学祭を見学してきました。同じ工学部として”敵情視察”というわけです。一週間前の9日と10日が足利工業大学のわたらせ祭でしたが、なかなか集客が伸びません。そこで、お隣をチョッと拝見というわけです。
さすがというべきか、ごった返して、すごい人数が出ていました。特に小さな子供連れの若い夫婦が多かったことにびっくりです。見学して納得。”ものつくり”や”ロボットの体験”などの参加型イベントが充実しており、どこの教室も皆さん列を成して順番待ちです。いろいろと参考になりました。
たまたま【無縁社会】をテーマにした教室がありました。有志が集まっての研究発表(ポスターセッション)の教室でした。力強く生きてゆくことや困難を克服することをテーマに、著名人からのメッセージが掲示されていました。
なかなかのもので、さすが国立ともなると質が違うな、などと妙に感心しました。ひとつご紹介します。

●日本ハムの小谷野栄一選手の言葉
  自分ではトコトンがっばっているときに、さらに「頑張れ」といわれるのがいやだったが、「顔晴れ」という意に理解 したら、有難く受け入れられた、と。そういえば、前に五木寛之氏の話を引用したときに、「頑張ってもどうしようもないときに頑張れといってはいけない。」という話をしました。そして、逆に大通老師の話では、それでも生きているのだから「頑張って生きなければならない。頑張れと励ますべき」ということもお話した気がしています。どちらも含蓄があり、どちらも判るような気がします。
この「頑張れ=顔が晴れる」という解釈はいかがですか。これも味のある言葉ですね。苦労した人にしか言えない気もします。そういえば、写真で見る東北の人たちは、みんな笑っていた気がします。半ばやけくそなのでしょうが、それでも笑えることはすばらしいと、改めて感じました。明日は間違いなくやってきます。どうせ生きるなら、だれでも笑って生きたいものです。

ボランティアに参加して被災地にいってきました。

2011-07-19
海の日の18日。宮城県岩沼市にボランティアに参加して、活動してきました。隣の桐生市のボラ協が主催した「泥かき」のボランティアに参加しました。あの日以来、自分にも何かできることはないか、殉難者への慰霊のお努めではなく、現地に行ってなにかできないか、と考えていました。たまたま日程に都合がついたので行ってきました。
バスで行きましたが結構時間は掛かりました。市内の家々には今だ屋根にブルーシートが架かったままです。たくさんの仮設住宅が建っており、厳しい現実がありました。活動は市街地から離れた郊外でした。回りは一面夏草が生い茂る広大な空き地です。おそらく水田の跡だろうと思いました。津波がここまで押し寄せたんだろうということはすぐに想像できます。いたるところにl流木がごろごろしているし、ゴミも散乱したまま。車が何台も置き去りになったままだったのには驚きました。
10時過ぎから3時までが活動時間でした。私は、側溝(生活排水が流れる側溝)の泥かきチームに配属でした。みんな必死にスコップや鋤簾を使って泥を掻き揚げ、一輪車で指定の場所に捨てに行きます。この日も大変暑く、みんな汗だくでした。ようやっと50mほどの側溝をきれいにしてきました。
帰りに海岸まで足を運び、車窓から壊れた防波堤やなぎ倒された松林を見ました。きれいな新築の住宅が何軒も残っていましたが、一階部分はものすごい惨状でした。壁がかろうじて残っているだけで、中には何も残っていませんでした。津波のすござがわかります。途中お寺があって墓地を見たら、軒並み石塔や灯篭がなぎ倒されてままになっていました。とても手が付けらないのだろうとは思いましたが、すさまじい現実です。もうすぐお盆が来るというのに、さぞや無念だろうと思いました。
少しずつでも復興は進んでいるのでしょうが、勢いを全く感じられませんでした。まだまだ深い傷を残したまま人々を苦しめているのが現実でした。
とはいえ、たとえ一人の力は砂粒の如しても、集まれば大砂丘になります。これからもひたすら未来を信じて作業を進めるしかないのでしょう。皆さんも時間の都合がつけば、是非ボランティアに参加してみてください。

悲とは、ともに悲しむ心

2011-05-28
先日、五木寛之氏の講演をお聞きする機会を得ました。テーマは「今を生きる力」でした。東日本大震災のこのとき、次から次へと出てくる国難ともいえる諸問題に直面し、如何に生きて行くかの心のあり方を教えていただいたような気がしております。
五木氏は、戦後のある時期まで住んでいた福井市が幾たびの大災害(1945年(昭和20年)の福井大空襲、1948年(昭和23年)の福井大地震、九頭竜川堤防決壊と 、短い期間に3度も福井市は壊滅的な被害を受けてその度に復興を遂げてきた。このこと から、福井市は「不死鳥の町」と言われるそうです。)から復興し、近代都市として発展してきたことを例に取り、きっと東北地方も、この災害を乗り越え、何時の日か間違いなく復興することができると確信している。との心強いお言葉でした。
 人は必ず悲しみに出逢う。けっして避けて通ることはできない。悲しみに会ったら悲しみに面と向き合い、『悲しい』と声に出して伝えることが大切である。これが新しい第一歩を踏み出す力になると。また、悲しみを抱えている人に出会ったら、『頑張れ』といってはならない。頑張るあてもなく、頑張る支えを失った人に、此岸から『頑張れ』というべきではない、とも。思い浮かべるに、たとえば天皇皇后両陛下が被災地を訪れ、被災者の手を握ってともに悲しんでくれたように、相手の気持ちと同化して、ともに悲しみともに苦しむべきであるという事でしょう。これが慈悲の”悲”の心であると五木氏は言っています。

また、妙心寺管長の河野太通老師は、実際に体験した阪神大震災の経験から、こう述べています。
震災で大変な状況下にいて、それぞれが精一杯なときに、『頑張ってください』と多くの方から声をかけられて、正直憤りを感じたことがある。しかし、よく考えてみると、大震災という不条理の中で、理由もなく、逝ってしまった命と残ってしまった命がある。残った命にとって、必死に生きることが、逝った命への供養であり、努めである。だからこそ『頑張れ』という意味があると。

偶然にも二つのことばに接しました。どちらにも共通していることは、命の重みを感じて生きろということでしょう。
拙者の要約は十分に意を伝えてはいないかもしれませんが、皆さんが個々人の命をいただいたご縁の中で考えてみてください。

49日忌が過ぎてしまいました。

2011-04-29

3月11日に起こりました東北地方太平洋沖の大地震と、その津波被害による福島原発事故、所謂東関東大震災において、お亡くなりになった御霊のご冥福をお祈りいたします。合わせて被災された皆様の一日も早い復興と安心に生活できる日々が訪れることを願ってやみません。
数えれば、大型連休を前に49日忌を終えました。何も終わってはいないけれど、忌明けです。
御霊が無事に彼岸の岸に渡れましたことを祈念して合掌し、供養するしかできません。未だ、身元不明のままのご遺体やご遺体さえも見つからないご家族の方のお気持ちは、いかばかりかと胸が痛みます。

あの日からいろいろなことが起こりました。地震の当日から停電になり、蝋燭の火以外は全く火の気のない一夜を過ごしました。それでも真っ暗な中で食事をし、布団で寝ることもできました。今から思えばありがたいことでした。それ以後も余震の続く毎日で、当初はとても緊張し、不安もありました。放射能汚染の問題は、さらに不安を増しました。目に見えないだけに、不安だけが増徴してゆきました。小さなお子さんの居る家庭では尚更でした。

半月ほど続いた計画停電のお陰で、節電ということを改めて、身に沁みて考えました。節約や倹約という言葉は知っていても、実行が伴わない絵空事の知識でした。仏教には『足るを知る』という教えもありますし、『腹八分目』という言葉もありますが、十二分でないと満足できない現代の価値観でした。
今、たくさんの方々が気づかれたと思います。今までは”過ぎていたのだ”と。

しかし、日常が平常になるに従い、元の木阿弥になりつつあるのも事実です。けっして対岸の火事ではないことを改めて肝に銘じ、今年の夏は大汗かいて精進してみましょう。それも一つの供養です。

日本の文化=”お辞儀”?と”梅干”?

2011-03-10
先に話題にしたサッカーの「佑」チャンこと、イタリアインテルの長友選手が初ゴールをあげたニュースが流れていました。とにかくメキメキと評価を上げ、頑張っていたようですから ”おめでとうございます” です。
そのニュースでは、長友選手のパワーの源は「梅干」だそうです。 日本人だねー〜と思ってしまいました。
私も梅干派です。疲れたときには絶対梅干です。夏バテにも絶対梅干です。そんなんで凄く共感しちゃいますね。
長友選手がチームメイトに感謝の意を込めてお辞儀している写真が、またまた外国では珍しいのか、かなりのパフォーマンスとして報道されています。まあ、何でもかんでも握手したり、抱きついてキスしている民族には、この間合いがチョット理解できないのでしょうね。
全てのものに命があるという(悉有仏性)仏教精神に裏づけされ、山川草木のあらゆる所あらゆる物に八百万(やおよろず)の神の存在を信じ、崇め奉っている我々日本人としては、当然の姿ですが。さすがサムライジャパンです。アメリカの大リーグでもお辞儀パフォーマンスが話題になっているようですが、その姿こそ日本人・大和魂と思うのですが。
そういえば、最近は、まともにお辞儀もできない者が多くなったようです。きちんとしたお辞儀と首をチョッコシ下げるのとはわけが違うのですが、分かっていないのだろうとがっかりします。教育なのか躾なのか、社会的な価値観の相違なのか、とにかくきちんとお辞儀もできなければ挨拶もできない者が多いですね。
アウェーで頑張っている者のほうが遥かによくわかっているということでしょうか。やっぱり人生苦労をしないと、心のこもったお辞儀はできないね。
我々の世界では、「誠恐頓首九拝」ですよ! わかります。?  

福田山 壽徳寺
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